【レアルマドリード移籍決定】日本の超新星・久保建英を振り返る(前半)

久保

6月14日、レアルマドリードからFC東京の久保建英を獲得したことが公式発表された。18歳という異例の若さで日本代表に初選出された久保は、コパアメリカへ遠征中であり、そんな中で報じられた号外だった。

今回は、久保建英という「天才」のレアルマドリード移籍までの道を、前後半に分けてじっくりと振り返ってみよう。

久保 建英(KUBO Takefusa)

  • ポジション:MF
  • 出身/生年月日:神奈川県/2001年6月4日(18歳)
  • 身長/体重/血液型:173cm/67kg/A型
  • 経歴:FCバルセロナ - FC東京U-15むさし - FC東京U-18 - FC東京 – 横浜F・マリノス - FC東京 - レアルマドリードCF

「久保くん」から「久保建英」へ

Embed from Getty Images


「これからは久保君じゃなくて、久保建英でお願いします」

昨年、横浜Fマリノスに加入した久保がヴィッセル神戸戦で初先発、初ゴールをあげた。13歳までをスペイン、バルセロナの下部組織で過ごした久保はその古巣のスーパースターでもあるイニエスタの前でその実力を見せつけた。

久保君から「久保建英」へ。試合後の取材エリアでお願いにも近い冒頭の言葉には、将来への強い決意が込められていたのだと、それから約10ヶ月後に僕らは思い知らされることになる。

久保建英10歳、バルセロナ入団


久保を知る一歩としては、やはり久保健史氏の著書「おれ、バルサに入る!」を必読することだろう。(*現在は廃版になっている)

父として、またはサッカー経験者として、息子とサッカーをつなぐ術を模索していく日々の記録があますことなく記されている。

久保がいつどのようにしてサッカーに触れることになったのか、そしてそこからいかにして上達していくのか。健司氏との練習、その成果。所属チームでの活躍などを知ることができる一冊だ。

入団のきっかけは2度目のバルサキャンプ

Embed from Getty Images


久保建英のバルセロナ入団のきっかけは「バルサキャンプ」である。久保自身は2度キャンプへ参加している。そのキャンプでMVPに選出されると、現地のバルサスクール選抜の一員として国際大会に参加することができるという仕組みだ。

そして久保は小学2年生の初参加時にMVPを獲得し、見事バルサスクール選抜としてスペインへの切符を手にすると、現地で開催された国際大会においてもMVPを勝ち取ったのである。8歳の日本人少年のバルサ入団への道はここから始まった。

そして翌年、2度目のバルサキャンプへの参加をきっかけに、フロンターレ川崎の下部組織を経て、正式に「バルサ久保」が生まれたのである。

健司氏は著書で以下のようにバルサ入団のきっかけを記している。

2年連続で参加した2010年8月。キャンプで知り合ったオスカルコーチに、カンテラでの練習参加をお願いしたのがそもそもの発端でした。カンテラでの練習参加とは、すなわち入団テストを意味します。(中略)その4ヶ月後の12月、条件付きでテスト参加が認められます。

バルセロナの下部組織というものは、基本的に半数以上がスペインカタルーニャ地方出身者であり、そもそも国外選手の入団というケースが稀なのである。シーズン公式戦91ゴールの記録を打ち立て、「神の子」と呼ばれるほどの選手へと成長を遂げた、まさにメッシのような、神がかった選手でもなければ例外は認められていない。

バルセロナから日本へ、突然の帰国

10歳の日本人少年がバルセロナへ入団した。カンテラからトップチームに上がることができればメッシとの共演ができる。

そんな夢物語を僕たちサッカーファンは、10歳の少年「久保くん」に重ね、遠い日本から成長を追っていた。

そんな矢先のこと。2015年4月、13歳になった久保は帰国を余儀なくされることになった。バルセロナに18歳未満の外国人選手獲得・登録による違反があったためだ。

帰国後に選んだ先は、バルセロナ入団時に所属していた川崎フロンターレではなく、FC東京だった。おそらくではあるが、FC東京にはU-23のチームがあり、J3への参戦も当時決まっていた。トップチームではないにしろ、U-23の選手として登録される頃には大のおとなを相手にプレーすることができる。そこで活躍することができればトップチーム、そして海外移籍というステップアップがあるのだと、久保親子の脳裏にはそんな絵がしっかりと描かれていたのかもしれない。

15歳Jリーガー・16歳プロ契約

Embed from Getty Images


帰国後、U-15のカテゴリーにあたる「FC東京むさし」で頭角を現した久保はU-23へ選出されることになった。

2016年11月5日。Jリーグデビューは長野パルセイロ戦だった。後半開始から出場した久保は随所にバルサ仕込みの技術を披露し観客を唸らせた。この時、久保は15歳である。

待望の初ゴールは翌年4月15日セレッソ大阪U-23戦。15歳10カ月11日だった久保はJリーグ最年少得点を記録した。

それから間もなくして、5月にはルヴァンカップ・札幌戦へ出場するためにトップチームへ帯同し、そこでも後半21分にトップチームデビューを果たす。

年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 期間通算
  出場 得点 出場 得点
2016 FC東京U-23 50 J3 3 0 3 0
2017 41 21 2 6 1
2018 15 10 3 10 3

FC東京U-23での通算成績

16歳でプロ契約・J1リーグデビュー

2017年11月1日、ついにプロ契約をも掴み取った16歳の少年は、その4日後にはプロ初ゴールも決めてみせた。

同年11月26日にはサンフレッチェ広島戦でリーグデビューを果たす。16歳5か月22日での出場は森本貴幸、宮吉拓実に続いて歴代3位の年少記録となった。

ただ、満点に近い技術面とは裏腹に、J1でしのぎを削るためのフィジカルは16歳の少年にはまだ備わっていなかった。徐々にベンチ入りの機会も減っていき、危機感を募らせた久保は、環境を変える意思をクラブに伝えた。しかし、クラブからの返答はJ2への育成型期限付移籍だった。

横浜Fマリノスへの期限付移籍

トップチーム、すなわちJ1での舞台にこだわりを持つ久保にとって、J3を主戦場にした現状に納得ができなかったのだろう。高みを目指す久保にとって、ここで立ち止まるわけにはいかない。その想いを胸に、2018年8月横浜Fマリノスへ期限付移籍を決断する。

新天地では、課題とされていた守備などフィジカル面での改善が見られ、従来の卓越された技術がより活きた。

そして、17歳になった久保は、巧さに強さを加えた新しい「久保建英」をピッチで証明してみせる。
2018年8月25日第24節、ヴィッセル神戸戦で、森本貴幸に続く歴代2位の最年少得点を打ち立てたのだ。

「難しい時期に、全然(FC東京で)試合に絡んでいない自分を受け入れてくれて感謝していたので、その気持ちを」

ヴィッセル神戸戦、ゴール後のポステコグルー監督との抱擁について語った言葉だ。


また、古巣のスーパースターとの直接対決でのゴールについても、謙虚さを忘れなかった。

「(イニエスタは)長くトップチームでやっている人で、僕は下部組織を少しかじっただけなので、比べるのもおこがましい。天と地ほどの差があると思っているし、1ミリでも差を縮められたら」

自らが選んだ大きな壁を超えるために、いつもそばで支えてくれる多くの人たちへの感謝が久保の言葉には込められていた。そして、不本意なバルセロナ退団という経験によって、育っていくことの難しさも「謙虚な天才」だからこそ知ることができた。

バルセロナ退団から3年の間に「久保くん」は、確実に「久保建英」へと進化を遂げていた。

Embed from Getty Images


<後半へ続く>

コナミデジタルエンタテインメント